
実家の押し入れの奥、衣装ケースの脇に、輪ゴムで縛られた雑誌の束が出てきたことがある。表紙のギャルは焼けた肌に太いアイライン、腕を組んでカメラのほうを向いていた。奥付を見ると号数はばらばらで、気に入った号だけを抜いて残していたのだろう。ページをめくると、街のスナップ、ショップ紹介、読者投稿のコーナーが、同じ厚みの紙の中にぎっしり詰まっている。以下は特定の号や編集部の内情を記録したものではなく、雑誌という媒体が担っていた役割が、どこへ分解されていったのかを一般的な構造として辿る整理として書く。
一冊が「その月の全部」を背負っていた
月に一度発行される雑誌は、次号までの間、その月のギャルカルチャーをまとめて背負う役割を持っていた。街のスナップ、ショップの新作、メイクの手順、読者の投稿。ジャンルの違う情報が同じ号の中に同居し、読者は一冊を通読することで、その時期に何が起きているかを一気に把握できた。情報が秒単位で流れ込む今とは違い、月に一度、まとまった量が届く。待つ時間があったぶん、届いたときの熱量も大きかったのだろうと、束になった雑誌の重みから想像する。
読者モデルという、街から誌面への回路
当時のギャル雑誌の多くは、プロのモデルではなく、渋谷や地元の街を歩く読者そのものを誌面に載せる仕組みを持っていた。スナップで撮られた読者が号を追うごとに常連になり、やがて名前とニックネームで呼ばれる読者モデルへ育っていく。街で見かけた誰かが、次の号では誌面の中心にいるかもしれない。この距離の近さが、読者と誌面をひとつながりのものにしていた。芸能事務所を介さず、街のセンスがそのまま誌面の基準になっていくところが、他のファッション誌とは違う回路だったように思う。
「今月の正解」を決める、編集という力
一冊にまとまっているということは、載る情報と載らない情報をふるいにかける誰かがいる、ということでもある。表紙をだれにするか、巻頭に何を持ってくるか、今月のトレンドをどう名づけるか。この選定と命名の作業が、読者の側からは「今月の正解」として受け取られていた。全員が同じ号を読んでいたから、正解も一つに集約されやすい。迷ったときに立ち返る基準が、街のどこかにではなく、一冊の紙の中にはっきり存在していたことになる。
紙が担っていた機能は、今どこにあるのか
ここまで挙げてきた役割を、当時と今とで並べてみると、次のように整理できる。
| 紙の雑誌が担っていた機能 | 今、主に代わりを担っているもの |
|---|---|
| 月イチでまとめて見せる | 常時更新されるタイムライン・フィード |
| 表紙・巻頭ページによる序列づけ | いいね数・再生数によるアルゴリズム順位 |
| 読者モデルの発掘・育成 | 個人アカウントのフォロワー増加 |
| ショップガイド・イベント情報 | 位置情報タグ・PR投稿 |
| 読者投稿ページ | コメント欄・リポスト・DM |
| 発行部数という単位 | フォロワー数・再生回数という単位 |
タイムラインは、月刊ではなく常時発行される
雑誌が月に一度まとめて届けていた情報は、今はフィードやタイムラインという形で、途切れることなく流れてくる。発行日という区切りがなくなったぶん、「今月の正解」のような一つにまとまった基準は立てにくくなった。代わりに増えたのが、その人のフォロー先や検索履歴に応じて並びが変わる、パーソナライズされた表示だ。同じ日に同じ内容を見ている人は、もうほとんどいない。まとめる単位が「読者全体」から「一人ひとりの画面」へ細かく分かれていったと言ったほうが近い気がする。
読者モデルが、個人アカウントに置き換わった
街で見出され、誌面に載ることで注目される読者モデルという回路は、今は個人のSNSアカウントがその役割を引き受けている。編集部という関門を通らなくても、撮って、投稿して、フォロワーがつけば、その日から発信者になれる。令和のY2Kリバイバルを支えているのも、こうした個人アカウント発の発信だ。誰かに選ばれるのを待つ必要はなくなった一方、次にどの投稿が伸びるかを決めるのは、編集者の目ではなく、姿の見えないアルゴリズムの側になった。
序列をつけていたのは、今はアルゴリズムのほうだ
かつて表紙や巻頭ページの並びで示されていた序列は、今はいいねの数や再生回数、保存数といった数字に置き換わっている。編集者が「これを推す」と決めていた作業を、今はユーザー全体の反応を集計する仕組みが肩代わりしている格好だ。人の目による選定と数字の集計による選定、どちらが公平かという話はここでは脇に置く。確かなのは、序列を決める主体が、顔の見える編集部から、姿の見えない集計の仕組みへ移ったという点だ。
集まる場所が、ひとつの誌面から無数のタグへ
紙の雑誌はショップガイドやイベント情報のページを通じて、読者を実際の街やお店に集める役割も持っていた。同じ号を読んだ者同士が、同じ店の前で顔を合わせることもあっただろう。今はその集まる機能が、ハッシュタグやコミュニティアプリ、DMのやり取りへと分かれている。趣味の合う相手を見つけやすくなった半面、集まる場所は無数に枝分かれし、一つの場に全員がいるという状態は起きにくくなった。街という物理の場から、興味という軸に沿った集合へ、重心が動いたと言えるかもしれない。
誰のせいでもなく、流れ方が変わった
紙の雑誌が減り、SNSが主戦場になった背景には、広告費の流れや制作コストなど、いくつもの事情が絡んでいたはずだ。特定の編集部や個人の判断が正しかったか誤っていたかを、ここで断定するつもりはない。確かめられるのは、雑誌が一冊で担っていた「まとめる・序列をつける・集める」という機能が、フィード・アルゴリズム・タグという別々の仕組みに分かれて引き継がれているという構造の変化だ。ギャルカルチャーの30年を通しでたどった記事で見たとおり、器が変わっても「盛る」「発信する」という核は途切れていない。押し入れの雑誌の束は、その器がまだ紙だった時代の記録として残っている。クローゼットの発掘ノートでは、その記録を今の着こなしへ翻訳している。