衣装ケースの蓋を持ち上げると、防虫剤とほこりの混ざった匂いが立った。母が実家に置いていった、三段の半透明ケース。表面はうっすら黄ばんで、角に古いシールの跡が残っている。いちばん下の段が、たぶん一番古い地層だ。指を差し込むと、つるりとしたサテン、ざらついたラメ、固くなったビニールが、順番に触れてくる。私はこの作業を発掘と呼んでいる。服を掘り、ポーチを掘り、なぜそれが今また新しく見えるのかを掘り当てる。母のクローゼットは、私にとって平成ギャルの遺跡のようなものだ。二代目のつもりで、軍手の代わりに素手で掘っている。
この記事は随筆です。母や発掘の場面は、平成ギャル世代のクローゼットを想像して組み立てた一般的なケースとして書いています。特定の実在の人物・出来事を記録したものではありません。

厚底サンダルとチビTは、同じ段から出てきた
最初の出土品は、厚底のサンダルだった。ソールが手のひらより厚い。持ち上げると見た目よりずっしりして、これを履いて一日歩いた人がいたのか、と少し笑ってしまった。細いベルトのゴムはもう伸びきって、留め具の金属だけが妙にしっかりしている。すぐ隣にチビTがあった。丈が極端に短くて、洗濯で縮んだのかと広げてみたけれど、どうやら最初からこの丈だったらしい。ルーズソックスは、丸めた状態で片方だけ見つかった。ほどくと、思っていたより長い。「厚底はね、慣れると階段がこわくないのよ」。母がそう言った、と仮に書いておく。実用の話をするときの顔が、いちばんその頃に近いのだろう。厚みには理由があった。ソールを上げれば背が高く見えて、脚の付け根の位置が上がり、視線ごと上へ持っていける。チビTで上半身を短く区切れば、その効果はさらに強くなる。だぶついた靴下で足首から先の分量を増やすと、視線は最後に足元で受け止められる。上げて、区切って、また下で受ける。今の目で見ると過剰にも映るけれど、当時はそれが計算された比率だったのだと、掘り出してから気づいた。
メイクポーチの底で、ラメとカラコンが固まっていた
服より生々しいのは、ポーチのほうだった。ファスナーを開けると、ラメの粗いアイシャドウ、青みがかったグロス、涙袋に入れるための細いラメペン、色の濃いリップが出てくる。つけまつげが二組、台紙から半分はがれたまま入っていた。アイプチの小瓶は、中身が乾いて底で白く固まっている。パウダーもポーチの底で押し固められ、薄い層になっていた。ここも地層だ。当時のメイクは、パーツをひとつずつ立たせる方向に振れていた。目を大きく、肌を明るく、唇にツヤを。それぞれが独立して主張して、全部を足すことが盛りだった。カラコンはまだ今ほど色数がなくて、ポーチには一種類しか入っていない。ラメの粒が指の腹について、光の角度でちらっと反射する。うるおい感を狙ったであろうグロスは、乾いてもまだ少しべたついた。効能をうたう言葉はどこにも書かれていないのに、質感で何を目指していたかは、二十年越しでも伝わってくる。
小さな出土品ほど、その年を正直に映す
発掘で時代を教えてくれるのは、大きな服より、むしろ小さな出土品のほうだ。いちばん上の段の隅から、ビーズのケータイストラップ、布のシュシュ、プラスチックの指輪、ラインストーンが一粒だけ取れたヘアピンが出てきた。どれも安くて、当時は使い捨てに近かったはずのものだ。けれど小物ほど、その年に何が可愛いとされていたかを正直に映す。シュシュのボリューム、飾りの盛りすぎ具合、石の大きさ。母がどの店に通っていたのか、写真がなくても手のひらの上で見当がつく。遺跡でいえば、土器のかけらや小さな装身具が年代を語るのに近い。指輪をはめてみると、私の指には少しゆるい。母の指のほうが、たぶん少し細かった。
写真とプリクラが、着方の説明書だった
出土した服や小物は、それだけ眺めても着方までは分からない。手がかりは、ケースの隙間に挟まっていた古い写真とプリクラの束だった。日に焼けて色の転んだ一枚に、厚底とチビTを合わせた母が写っている。靴下の位置、スカートの丈、髪の盛り方まで、そこに残っていた。写真は、出土品の取扱説明書のようなものだ。面白いのは、写真の母がどれも同じ顔で写っていないことだった。友だちと並ぶと分量が上がり、家の中だと少し崩している。盛りは固定のルールではなく、その日の場に合わせて上げ下げする調整だったらしい。組み合わせの正解が一つに決まっていないところは、今のコーデの考え方と、案外近い。違うのは、当時は現像するまで仕上がりが手元で見えなかったことくらいかもしれない。
母の派手さが、令和に戻ってきた理由
子どもの頃、母の派手さが気恥ずかしかった時期がある。参観日に来る母の眉やネイルが、教室の中で少し浮いて見えた。その同じシルエットが、今はSNSのスナップに何枚も並んでいる。Y2K、平成ギャル、平成女児テイスト。呼び名は増えたけれど、掘り出したものとよく似ている。なぜ戻ってきたのか、理由は一つではない気がする。一周まわって見慣れなくなったぶん、新鮮に映るというのはあるだろう。抜け感や引き算が長く続いたことへの、揺り戻しもあるかもしれない。もうひとつ思うのは、盛るという行為が、目立つためのものから、こう在りたいと決めるためのものへ、そろそろと寄ってきたことだ。そう見てみると、母の厚底の重さも、違う意味を帯びて見えてくる。
ポーチの出土品と同じ役割を、今のコスメで探すなら
掘っていて面白いのは、出土品と同じ役割のものを、今の棚から探し直す遊びだ。母のラメシャドウにあたるものは、今ならもっと粒の細かいグリッターの中にもある。青みグロスが担っていた役割は、今のツヤ系リップが引き継いでいる。狙う質感は近くても、色の幅や使い心地の選択肢は、当時よりずいぶん広がった。ただ、店頭で手に取って比べるのは骨が折れる。口コミとあわせて一覧で眺めたいときは、コスメ通販をのぞくと当たりをつけやすい。気になったものは、価格も在庫も動くので、最新の情報を公式で確かめてから選んでほしい。
出土品を、令和の一枚に翻訳する
掘って眺めて終わり、ではもったいない。発掘の目的は、掘ったものを今の服に翻訳して着ることにある。厚底は、ソールの色を今のトーンに寄せて分量を少し落とすと、街に馴染む。チビTは一枚で着るより、ハイウエストのボトムと合わせて重心を作ると、当時の比率を令和の形で組み直せる。靴下は、たっぷりより控えめの丈にすると、今の空気に合いやすい。メイクも同じで、出土品を全部のせると年代物のコピーになってしまう。ラメを一点だけ足す、リップのツヤだけ借りる。そのくらいの引用が、翻訳としてはちょうどいい塩梅だと思う。髪も、母の時代のような高さまでは盛らず、毛先の巻きだけ拝借する手がある。母のまねをそっくり繰り返すのではなく、母の狙いを、今の言葉に置き換える。翻訳なら、原文に敬意を払いながら、自分の声で読み上げられる。
発掘ノートを閉じるとき
蓋をそっと戻すと、また防虫剤の匂いがした。掘る作業は、母を懐かしむためだけのものではないらしい。出土した品を手に取るうちに、自分が何を可愛いと思うのかが、輪郭を持ってくる。「捨てなくてよかったでしょ」。母がそう言う場面を、勝手に想像する。三段のケースは、まだ半分も掘れていない。次に開けるのは、たぶん二段目の地層だ。盛りたい日と、抜きたい日がある。その両方を、母の世代はもう通り抜けていた。掘るたびにそれが分かってきて、気恥ずかしかった記憶が、手元の教科書に変わっていく。
令和のシルエットがなぜ戻ってきたのかは令和ギャルのシルエットでも書きました。出土品からカラコンを選び直すときの基本(度あり・度なしや数値の見方)ははじめてのカラコン選び方にまとめています。母の狙いを翻訳する参考にどうぞ。