
衣装ケースの底、ルーズソックスの束の下から、色あせたプリクラ帳が出てきた。写っているのは厚底ブーツと丈の短いTシャツ、そして笑いすぎて片目が閉じている母。服だけを掘り当てるつもりだったのに、指先が本当に触れたのは別のものだった気がする――写真の中の、あの機嫌のよさそのものだ。
三段目の下にあったのは、服ではなかった
発掘と呼んでいるこの作業は、たいてい生地の匂いや色落ちの具合から始まる。けれど今回、ケースの一番下でわたしの手が止まったのは、布ではなく一枚の写真だった。日付は書いていないが、たぶん厚底が全盛だった頃。母はカメラに向かって、今のわたしよりずっと屈託なく笑っている。恥ずかしいくらい全開の笑顔で、ピースサインの角度まで決まっている。当時のギャルカルチャーを何も知らない世代がこの写真を見たら、「ただ楽しそうな女の子」としか映らないかもしれない。でもわたしには、これがひとつの様式だったように見えてくる。明るくいることを、なんとなくではなく、選び取っていた様式だ。
「アゲ」は感情ではなく、態度の技術だった
「アゲ」という言葉を辞書的に説明すると味気なくなるけれど、あれは単なる「うれしい」の言い換えではなかったはずだ。テンションを「上げる」、場を「上げる」、友達を「上げる」――自動詞であると同時に、他動詞でもある言葉だった。しんどい日があっても、教室や地元の空気が沈んでいても、誰かが率先して「アゲ」でいることで、その場の温度がひとつ上がる。ギャルカルチャーが平成のうちに培っていったのは、この「明るさを自分から供給する」技術だったのではないかと思う。30年にわたるギャルの変遷を振り返ると、時代ごとに髪型もメイクもめまぐるしく変わっているのに、この「率先して場を上げる」役回りだけは、地層のどの層にも埋まっている。
強がりの奥にあったもの
ただ、正直に書いておきたいことがある。あの明るさのすべてが、心の底からの上機嫌だったとは、わたしには言い切れない。強がりだった瞬間も、きっとあっただろう。むしろ「アゲ」というスタイルは、しんどさを見せない鎧としても機能していたのではないか――そう思うと、写真の中の全開の笑顔が、少しだけ違う表情に見えてくる瞬間がある。これは想像で作った母の科白だけれど、こう言いそうな気がする。「暗い顔してたら、余計に沈むじゃない。だから笑ってただけ」。強がりと本物の機嫌のよさは、たぶん地続きで、はっきり線引きできるものではない。だからこそ今のわたしたちも、「アゲでいれば大丈夫」と単純化してしまわないほうがいい。上がらない日があっても、それは失敗でも欠陥でもない。
仲間という装置――一人でアゲでいる必要はなかった
もうひとつ、写真から読み取れることがある。母は一人で写っていない。フレームの端にはいつも誰かの肩や手が写り込んでいる。「盛る」文化も、お揃いのアイテムも、褒め合う言葉のやり取りも、突き詰めれば「一人で自分を肯定し続けなくていいようにする」ための仕組みだったように思う。地雷系や量産型まで含めて、それぞれのグループが独自の様式で結束してきた歴史を眺めると――地雷系・量産型・ギャルの系統図で見えてくるように――系統が枝分かれしても、「似た格好の仲間とつるんで、お互いを認め合う」という骨格だけは共通していた。自分を肯定する力は、一人で内側から絞り出すだけでなく、隣にいる誰かから受け取ってもいいものだった。
「なんとかなる」という言葉の距離感
ギャルカルチャーを語るとき、よく引き合いに出される口癖がある。「なんとかなる」。これも、ただの楽観主義の一言として片付けてしまうと、少しもったいない気がしている。問題を軽く見ているわけでも、見て見ぬふりをしているわけでもない。むしろ困りごとの深刻さは深刻さとして受け止めながら、それに押しつぶされる前に「とりあえず今できることをやろう」と体を動かすための、実用的な呪文だったのではないか。落ち込む時間を短く区切る技術、と言い換えてもいいかもしれない。だから「なんとかなる」は、無理に問題を軽視する態度とは違う。しんどさをしんどさのまま抱えながら、それでも次の一歩を選べるようにする、ちょっとした距離の取り方だった。
「自己肯定感」という令和の翻訳語
そして令和になって、「自己肯定感」という言葉があちこちで語られるようになった。これは心理学や医療の専門的な助言ではなく、あくまで広く使われるようになった一般的な言葉として受け取っているのだけれど、その中身を眺めていると、「アゲ」が守ろうとしていたものと、驚くほど近い場所を指しているように感じることがある。ありのままの自分を認める、機嫌よく自分を扱う、誰かと比べて落ち込みすぎない――これらはどれも、ギャルたちが「アゲでいく」という一語に圧縮していた態度と、輪郭が重なる。地層の年代は違っても、同じ地質から出てきた出土品のように見えてくる。
違うところ、重なるところ
ただし、まったく同じものだと言うつもりはない。今の自己肯定感の語られ方は、どちらかというと一人で内側に向かう作業――日記を書く、自分を労わる時間を作る、静かに自分と対話する、というイメージが強い。対して「アゲ」は、外に向かって発信し、仲間とのやり取りの中で育っていく、もっと騒がしくて社交的な肯定のかたちだった。どちらが優れているという話ではなく、内向きの自己肯定と、外向きで集団的な「アゲ」は、同じ根から伸びた二本の枝のようなものだと思う。片方だけを正解にする必要はない。静かに自分を整えたい日もあれば、誰かと笑い合って持ち上がる日もあっていい。どちらの技術も、根っこにあるのは「自分の機嫌を、誰かのせいにしたまま放っておかない」という一点だけで、そこから先の方法は人それぞれ選び直していいのだと思う。
令和のクローゼットで、出土品をどう使うか
面白いことに、厚底やルーズソックスといった服そのものは、Y2Kブームという名前で令和にもう一度戻ってきている。令和のギャルファッション、Y2Kのいまを追いかけていると、形は令和仕様にアップデートされながらも、当時の空気感を選び直している人が確かにいる。でも今回わたしが本当に持ち帰りたかったのは、服の型紙ではなく、あの「アゲ」の態度のほうだった。無理に明るく振る舞えという意味ではない。しんどい日は沈んでいい。ただ、機嫌よくいることを誰かと分かち合う技術が、平成のクローゼットの奥に眠っていたことだけは、覚えておきたい。三段目のさらに下、服の地層の底には、着るものより先に、生き方の出土品が埋まっていた。それを今のわたしの生活にそのまま移植する必要はなくて、必要な分だけ削り出して、令和のサイズに合わせて使えばいいのだと思う。